相続放棄の取り消し、撤回

原則

当事務所でもたまに「いったんした相続放棄を取り消したいんだけれども・・・」と相談を受けることがあります。

相続放棄は、これによって負債等を相続することを免れるという強い効力を生じます。

民法919条1項に「相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない」と定められていますので、一度相続放棄をしてしまうと、それを撤回することはできません(「第九百十五条第一項の期間」とは、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内を意味します)。

相続を放棄すると原則は撤回することはできません。 相続放棄をしたけれど、「やっぱり気が変わりました。相続します」とはいかないわけです。そのため相続放棄は慎重に行う必要があります。

民法919条2項


ところが、民法919条2項は、「前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない」と規定しています。

つまり、撤回はできないけれど、取り消しはできるとされているわけです。
そして、
ここでの「取り消し」は、詐欺・強迫によって相続放棄がなされた場合や、相続放棄した者が未成年者等の制限能力者であった場合などに限られます。

こうした場合には、いったんなした相続放棄も取り消すことができるのです。

ところで、平成16年改正前は、文言が「撤回」ではなく「取消」とされていたため、若干解釈上の問題があり、「撤回」と改められました。法律用語で、「撤回」と「取消」ではたいへん意味が異なってきます。取消とは、その行為時に行為そのものに瑕疵があるため、行為の効果を遡及的に消し去るもので、撤回はそのような瑕疵がないにもかかわらず、任意に将来に向かって行為の効果を否定するものをいいます。


錯誤無効

また、上記のように条文上には明文で規定されていませんが、最判昭和40年05月27日(集民 第79号201頁)はつぎのように判示し、錯誤による無効の主張も認めています。
「相続放棄は家庭裁判所がその申述を受理することによりその効力を生ずるものであるが、その性質は私法上の財産法上の法律行為であるから、これにつき民法九五条の規定の適用があることは当然であり」
もっとも、たとえば、被相続人の借金が多く、めぼしい遺産がないと勘違いして相続放棄をしたところ、じつはプラス財産の方が多かったという場合には、
「動機の錯誤」となり無効の主張は認められにくいでしょう。
※動機の錯誤は、民法95条で無効主張できる「錯誤」にあたらないというのが、判例・実務の一般的理解となっています。

相続放棄の取り消しの期間制限


ただし、民法919条3項は、「前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする」と定めています。

ここで「追認をすることができる時」とは、たとえば詐欺によって相続放棄をしてしまった場合には、騙されていたことに気づいた時点を意味します。その時から6ヶ月以内に相続放棄を取り消さないと、もはや相続放棄を取り消しできません。

またたとえ詐欺をされて相続放棄してしまった場合でまだ詐欺に気づいていなかったとしても、相続放棄してから10年が経過してしまえば、もはや相続放棄は取り消せないことになります。

そして、民法919条4項により、「限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない」とされています。
  


相続放棄の取消審判


①申立権者

相続放棄の申述をした者又はその法定代理人です。

②管轄

相続開始地の家庭裁判所です。

③添付書類

申述人・被相続人の戸籍謄本

相続放棄申述受理証明書

④審判手続

家庭裁判所は、申述書が形式的要件を具備していること、申述が申述人の真意に基づくものであること、取消権存続期間内の申述であることの調査、確認して受否を決します。

なお、取消申述の受理はそれを公証する意味にすぎないから、その取消しを実質的にも形式的にも審理すべきではないと解した事例があります。

取消事由の存否は、判決により最終的に確定されます。

当事務所は相続・遺言・遺産分割・家庭裁判所への申立書の作成等多数の家事事件を取り扱っておりますので、お気軽にご相談ください。